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  February 2013
Vol.9 No.2
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 リソースセンター紹介 <No. 43>
多様な藻類リソースの収集・保存と今後の取り組み
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 今月のデータベース 大腸菌のリソースデータベース
NBRP E.coli Strain
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 リソースセンター紹介 <No. 43>

多様な藻類リソースの収集・保存と今後の取り組み

河地 正伸  (独)生物・生態系環境研究センター 生物資源保存研究推進室 室長
 多様な藻類

藻類は、「酸素発生型の光合成」という特性でくくられた生物です。コケ、シダ、種子植物のいわゆる陸上植物を除いた残りの全ての「酸素発生型の光合成」を行う生物が、藻類というカテゴリーの中に含められています。藻類からは区別されている陸上植物ですら、その起源を辿ると車軸藻(NBRP藻類では81種257株を保存)という藻類から進化したことが分かっています。藻類は、湖沼や沿岸、海洋といった普通の水環境だけでなく、温泉、雪氷、高塩、乾燥地帯などの様々な特殊環境にも生息しています。サンゴや地衣類で知られる共生関係を営む藻類も数多く知られています。原核生物や真核生物、単細胞性から、海藻のように多細胞で複雑な体制、生活史をもつものまで、多種多様な生物が含まれています。NBRP藻類では、こうした多様な藻類リソースを収集・保存・提供しています。

 NBRP藻類の体制

中核機関である国立環境研究所では、微細藻類と絶滅危惧藻類、そして藻類と系統的に近いプロティストといったリソースの収集・保存・提供を行っています。分担機関の神戸大学は大型海藻の収集・保存・提供を担当、筑波大学は新規で利用価値の高い藻類リソースの収集と分類情報などの付加情報の整備を担当、そして北海道大学は重要株のバックアップを担当しています。

 震災から学んだこと

2011年3月11日に発生した東日本大震災は、国立環境研究所の藻類保存施設にも大きな影響を与えました。電気、水、ガスのライフラインが長期間停止して、植え継ぎ等の作業が困難な状況となりました。培養に必要な照明も温度も制御できません。いつ復旧されるのか解らない不安の中で、昼間は保存株を日の当たる場所に移動するなどの切迫した対応が必要でした。一方、凍結保存株を入れた液体窒素保存槽は、長期の停電でも槽内温度を安全圏内で保持して、震災の影響を免れることができました。阪神・淡路大震災を教訓に、2008年から神戸大学と国立環境研究所の間で凍結保存株を相互に保管する取り組みが始められていたのも大きな安心材料となりました。二度にわたる震災は、貴重なリソースを守るための危険分散の取り組みの重要性を訴える教訓となりました。

  系統的多様性から見る藻類の特色

近年の分子系統学的研究から、藻類は系統的に大きく異なるグループで構成されることが分かってきました。現在、真核生物は少なくとも9つのグループからなることが分かっています(図1)。

その多くは顕微鏡的な微生物です。これらのグループのうち、アメーボゾアとオピストコンタを除く全てのグループで、藻類の存在が認められています。この模式的な系統樹の中で、色の付いた藻類の枝が散在しているのは、各グループで独立して葉緑体が獲得されたことによると考えられています。光合成を行う点で共通の特徴をもつ藻類は、実は進化・系統的に大きく異なるのです。こうした違いは、細胞構造や生理、生化、その他の様々な生物学的特性の違いとして現れることになります。
真核生物全体に跨がる藻類の多様性が、研究リソースとしての藻類の魅力の1つとなっています。

Fig.1

 

図1:真核生物の系統関係 。Baldauf (2003)をもとに改変。色の付いた枝は藻類と陸上植物。写真の数値はNIES株番号。

 葉緑体の進化、成立機構解明のため のリソース

藻類には、各々のグループに特徴的な葉緑体が確認されています。クリプト藻(NBRP藻類では21種46株を保存)(図2A)とクロララクニオン藻(NBRP藻類では5種6株を保存)(図2B)という系統的に大きく異なる藻類の葉緑体では、葉緑体の元となった真核生物の核の名残り(ヌクレオモルフ)が存在します。クリプト藻は紅藻、クロララクニオン藻は緑藻由来の葉緑体であること、そしてクリプト藻のヌクレオモルフは、3染色体でゲノムサイズが0.55Mb、約600の遺伝子をコードすることが分かっています。こうしたヌクレオモルフの存在は葉緑体の由来とオルガネラの進化プロセスを直接示す証拠となっています。

またPaulinella chromatophora (NIES-2635)(図2C)という藻類では、他の藻類の葉緑体とは起源の異なる葉緑体(区別のためシアネレと呼ばれている)が存在しています。興味深いことにシアネレでは、他の葉緑体では既に核ゲノムに移行した光合成関連遺伝子等が残っています。葉緑体というオルガネラに移行する途中段階にあると考えられています。

Fig.1
図2:クリプト藻(A, 写真提供:佐藤真由美氏)、クロララクニオン藻(B, NIES-624)、Paulinella chromatophora(C)、Hatena arenicola (D 写真提供:山口晴代氏)、Nephroselmis (E, NIES-483)。

他にもいろいろな藻類やプロティストで細胞内共生や盗葉緑体とも呼ばれる興味深い現象が見つかっています。もう一つだけ例を挙げておきます。ハテナ (Hatena arenicola)(図2D)というプロティストは、一見すると緑色の葉緑体をもつ鞭毛性の藻類なのですが、実は自由生活性のプラシノ藻を細胞内に取り込んで、サイズと形を改変して、あたかも葉緑体のように利用する生物です。このプラシノ藻はNephroselmis の一種(NBRP藻類では5種15株を保存)(図2E)であることが分かってきました。ハテナは取り込んだNephroselmis をどのように改変、コントロールしているのか、ハテナにはNephroselmis のゲノムの一部がすでに移行しているのか、ハテナは葉緑体成立の初期過程を解明する上で、興味深い研究対象となっています。

 光合成研究、応用利用のためのリソース

藻類リソースには、増殖能に優れ、高密度に増殖して、実験的な取り扱いの容易な種がいます。

光合成研究や生理・生化学的研究、そして応用利用を目指した開発研究など、様々な研究分野で用いられてきたChlorella vulgaris (NIES-2170)(図3A)やEuglena gracilis (NIES-48)(図3B)は、その代表的な藻類です。後者はユーグレナとも呼ばれ、バイオ燃料や食品等の応用利用を目指した開発研究が近年盛んに行われるようになりました。また、Dunaliela tertiolecta (NIES-2258)(図3C)は高塩環境に適応した緑藻の一種で、開放的なプールのような培養池でも高塩環境を維持することで、純粋培養に近い状態で大量培養することが可能です。増殖能はそれ程高くないのですが、細胞外に重油相当のオイルを蓄積するBotryococcus braunii (NIES-836)(図3E)、アスタキサンチンという有用物質を生産するHaematococcus lacustris (NIES-144)(図3F)なども、近年よく応用研究分野で使われるようになったリソースです。

Fig.3
図3 :Chlorella vulgaris (A)、Euglena gracilis (B)、Dunaliela tertiolecta (C)、イスラエルのDunaliela ファーム(D)、Botryococcus braunii (E)、Haematococcus lacustris (F)
 NBRP藻類の今後の取り組み その1    多様性のもたらすジレンマ

藻類のもつ多様性は、リソースとしての魅力となっていますが、リソースを保存する立場からすると、悩みの種となることがあります。国立環境研究所では公開株2,339株のうち、786株が凍結保存、約1,553株が継代培養で維持されています。約2/3の継代培養保存株のために、76種類の培地と7種類の培養容器が使われ、様々な温度、光条件が設定されています。植え継ぎ間隔はリソースによっていろいろで、毎週の生育検査や定期的な無菌検査が欠かせません。長年培ってきた独自のノウハウで多様なリソースを継代培養保存していますが、それでも毎年のように死滅してしまうリソースが出るのが現状です。

継代培養で維持されている株の中には、現在の技術では凍結保存が不可能なもの、生存率が低いながらも何とか凍結保存が可能なものが含まれています。今後はこれまで以上に条件検討に工夫を重ねて、生存率の向上や例え低い生存率でも安定した凍結保存に移行できる検査法を確立したいと考えています。NBRPのいろいろな保存機関の研究者の方々とも情報交換、技術交流することで、新しい凍結保存技術の開発に取り組みたいと考えています。

 NBRP藻類の今後の取り組み その2    モデル生物の拡充

藻類では、他にもミネラライゼーション∗1、性フェロモン、毒生産、様々な細胞運動などの興味深い現象が見つかっています。こうした生物学的現象や機能を究明するためのモデル生物を更に整備する必要があると考えています。NBRP藻類では、多様な環境に生息し、光合成や概日リズム、走光性など、光に関係する様々な興味深い生理機能を備えるシアノバクテリアを対象として、NBRP藻類独自のモデル生物の開発にも取り組んでいます。国立環境研究所にある95種706株に及ぶシアノバクテリアリソースを用いて、遺伝子組換え能を調査することで、分子生物学的研究に有用なリソースの選抜を行っているところです。

Fig.4
図4:大腸菌接合によりGFP遺伝子を含むプラスミドを導入したシアノバクテリアの光顕像(A)、クロロフィル蛍光像(B)、GFP蛍光像(C)。中央のクロロフィル蛍光のない細胞は大腸菌。写真提供:志村遥平氏
∗1:ミネラライゼーション:鉱物化現象。円石藻の炭酸カルシウム(図5A, NIES-2696)、珪藻等の珪酸質(図5B, NIES-2363)、ユーグレナ藻の酸化鉄+酸化マンガン(図5C, 自然池試料)のような鉱物でできた細胞外構造を作り出す細胞レベルの鉱物化現象が藻類では知られる。 Fig.5
図5:ミネラライゼーション

 今月のデータベース

大腸菌のリソースデータベース NBRP E.coli Strain


Fig.6
・系統数:22,725
・遺伝子:6,926
・文献: 276    (2013年2月現在)

DB名: NBRP E.coli Strain
URL: http://www.shigen.nig.ac.jp/ecoli/strain/
言 語: 日本語  英語
オリジナルの
コンテンツ:
遺伝子変異体、遺伝子クローン
網羅的変異体(遺伝子破壊株、広域欠失株、トランスポゾン挿入株)
ファージ、クローニングベクター
特 徴: ゲノムワイドな変異株が各種揃っており、オンラインで注文できる。
分譲手続きから配送までの状況をオンラインで追跡できる。
ゲノムDB(PEC)と相互に連携しているため物理地図からも関連株にアクセスできる。
各コレクションの解説が充実している。
DB構築グループ: NBRP大腸菌、NBRP情報
運用機関: 国立遺伝学研究所 生物遺伝資源センター
DB公開開始年: 1999年
DB最終更新年: 2013年

現役開発者のコメント:今年で14年目に入りデータベースとしては安定期ですが、着実にリソースの種類が増え、それに伴いデータベースの利用者も増え続けていることは開発者として嬉しい限りです。我々は先発の大腸菌ゲノムデータベース(PEC)も開発しており、2つのデータベースを機能的に関連づけることによって双方のコンテンツを最大限活用できるようにしています。
リソースデータベースは、一見すると一つのサーバで動作しているように見えますが、分譲依頼から発送までの手続きをオンライン上で行うために複数のサーバと連携しています。Contact usにも沢山の問い合わせが届き、手ごたえが感じられるデータベースです。これからもより良いデータベースを目指しますので、いつでもお気軽にお問い合わせください。