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  January 2011
Vol.7 No.1
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 ホット情報 〈No.34〉
第18回国際ラット遺伝システムワークショップの報告
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 COP 10 〈全3回連載〉
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 ホット情報 〈No.34〉

第18回国際ラット遺伝システムワークショップの報告

芹川 忠夫
京都大学大学院医学研究科附属動物実験施設長 教授

第18回国際ラット遺伝システムワークショップが2010年11月30から4日間、京都大学で開催された。このワークショップは、1977年の初会合より原則として偶数年に開催されてきた歴史あるラットコミュニティーの国際会議である。1994年の札幌、2002年の京都に続く、日本では3度目、京都では2度目の開催であった。近交系ラットが移植研究に利用されていたことから、当初は組織適合遺伝子に力点が置かれており国際ラットアロアンチゲンワークショップ(International workshop on rat alloantigenic system in the rat)という名称であった。遺伝的に制御したラット系統を使用することの重要性は、移植研究に限定されることではないことから、2000年から現在の名称に変更された。NBRP-Ratの本ワークショップとの繋がりは深く、第14回ワークショップ(2002年、京都)は、第1期NBRP-Ratのスタートに呼応させて開催した。

今回の第18回ワークショップは、大変魅力的なものであった。その理由は、堰を切ったごとくの最近のラット研究の進展に基づいている。すなわち、 1)遺伝子ノックアウトラットあるいは遺伝子変異ラットが人工的に創れるようになったこと、2)次世代シークエンスが利用できるようになり、遺伝育種学的手法で開発された疾患モデルラット系統の全ゲノムシークエンスあるいは発現プロファイルが得られるようになったこと、3)その結果、平常時および疾患時における生理的状態を遺伝子のネットワークとして知ることができるようになり、ヒトとラットの生物機能をより深く比較解析できるようになったこと、および、4)日本のNBRP-Rat、米国のRRRC (Rat Resource and Research Center) 及びRGD (Rat Genome Database)、そしてヨーロッパのEURATRANS (European large-scale functional genomics in the rat for translational research) といった研究基盤が整備、拡充されたことによる。

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Scientific program
Nov 30 (Tue)
- Welcome lectures (History/Model/Translational research)
Dec 1 (Wed)
- Disease model-1 (using SHR, FH, LH, BN strains)
- Disease model-2 (Common disease, Mitochondrial genome)
- Genome
- Transcriptome/Network
- Poster presentations:
History, Reproduction, ES/iPS, ZFN, Transcriptome, Disease models
(Cancer, Hypertension, Diabetes, ADHD, Behavior, Tremor, Epilepsy, Cataract, Eosinophilia, …)
Dec 2 (Thu)
- Disease model-3 (Hypertension, Nephritis, LDLR, Netrin4)
- Stem cells
- Manipulating the genome (using ZFN)
- Behavior/Neuroscience
Dec 3 (Fri)
- Cancer
- Resource/Database

開会式においては、オーガナイザー芹川の開会挨拶、湊 長博 京都大学大学院医学研究科長の歓迎の挨拶に引き続き、文部科学省研究振興局 ライフサイエンス課 ゲノム研究企画調整官 田中一成様より来賓の挨拶を頂いた。
学術研究発表は、招待講演、一般口頭発表、および一般ポスター発表に区分して行われた。内容は、

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会場の様子
  • ラット研究の歴史
  • ヒト疾患モデルとしての重要性
  • トランスレーショナル研究への利用
  • がん、高血圧症、糖尿病、生活習慣病、腎炎、てんかん、本態性振戦、多動症、
    白内障など各種ヒト疾患モデルラット の病態解明研究
  • ラット系統の全ゲノムDNAシークエンス情報
  • ミトコンドリアゲノム解析と疾患
  • 疾患の遺伝子ネットワーク解析
  • ラットES細胞とiPS細胞の開発応用研究
  • 新規の遺伝子改変ラットの作製システムとそれを用いた疾患解析
  • ラットリソースセンターとデータベースに関する情報
などいずれもラット研究の新鮮な話題であり、ラット研究を推進している日欧米三極の先導的研究者を含めた活発な意見交換がなされた。参加者は、国外から66名(米国29名、ドイツ14名、英国11名、チェコ共和国7名、オランダ2名、中国1名、ガーナ共和国1名、台湾1名)、国内から114名で、合計180名であった。37パーセントが国外からの参加者であったこと、国際ラットコミュニティーの代表者に加えて国内外の若手研究者が多く含まれていたことから、この国際ラット会議を起点として、新たな国際共同研究の開始や研究者間の交流が大いに活性化すると期待された。

この国際会議は、主催:第18回国際ラット遺伝子システムワークショップ組織委員会、共催:ナショナルバイオリソースプロジェクト「ラット」、京都大学グローバルCOEプログラム「生命原理の解明を基とする医学研究教育拠点」、後援:(独)日本学術振興会、(財)成人血管病研究振興財団、(財)京都大学教育振興財団、日本製薬団体連合会、関西実験動物研究会、多くの企業、および個人より多大なご支援を受けたことを記し、御礼を申し上げる。■

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第18回国際ラット遺伝システムワークショップ
オフィシャルサイト:
http://www.anim.med.kyoto-u.ac.jp/workshop2010/

  図2
Progress in the Rat Community and Researches

 COP 10 〈全3回連載〉

生物多様性条約と遺伝資源をめぐる状況
「第2回 名古屋議定書の内容とその影響」

国立遺伝学研究所 知的財産室室長 鈴木睦昭


議定書の要点

大昔は動植物や微生物などの遺伝資源は「人類共通の資源」であったが、1992年に作られた生物多様条約で、遺伝資源は「各国の資源」と規定され、利益配分の必要性が記載された。その後、国際的な話し合いが長年に渡って行われ、途中2002年ボンガイドラインができたものの、長らく具体的な国際的かつ法的な取り決めがない状態であった。   

今回、はじめての国際的な法的取り決めである名古屋議定書が、採択されたのである。これにより、提供国における国内法や規制の設置義務が明確化された。また、利益配分については金銭的、非金銭的利益を含め具体的に相互合意(MAT)上で規定することとされた。さらに、利用国側での事前同意、相互合意事項や遺伝資源の利用についてモニタリングするチェックポイントの設置の義務が規定された。

そのほか、伝統的知識に関する事項、保全に寄与する研究促進のための非商用利用、病原体などの非常事態への考慮、国際協定との関連、国際多国間利益配分メカニズムの検討などが決定された。

これらの法的規定を遵守することによって遺伝資源へのアクセスや利用が促進されると期待される。



遺伝資源の提供を受けるときの具体的方法

遺伝資源の提供を受ける時の、具体的な方法について以下に示す。

  1. 提供者および提供国の政府と事前同意書(PIC) (図1- ①)を交わす。
  2. 現地の共同研究者と採取をした場合、相互合意(MAT)(図1-②)にて共同研究や教育など非金銭的な利益配分や、ロイヤリティーなどの金銭的な利益配分の条件などを合意した後、政府の証明書とともに遺伝資源の移転が可能となる。(図1-③, ④)
  3. その後、使用に当たっては日本国内に設置されるチェックポイントでのモニターを受ける。

 


図
図1:遺伝資源の提供を受けるときの具体的方法(今後の予想)

提供国における国内法の制定、窓口の設置や証明書の発行、利用国側のチェックポイントの設置などが、今回の議定書で追加された点である。提供する場合は逆となるが、具体的な方法は今後制定が検討される国内法で規定されることになる(図1参照)。

従来、国内法令、行政措置を決めていない提供国が多く、そうした国では申請方法が分かりにくく、アクセスに日数がかかるなどの課題があったが、今回の議定書で遺伝資源へのアクセス体制の透明化が図られたといえよう。



バイオリソース関係者への影響

バイオリソース関係者として、収集する場合と提供する側の両方の立場を考えなければいけない。まず、収集にあたり、国内法などが制定されている国での遺伝資源の採取時には、相手先の研究者や販売者の許可だけでなく、相手国の政府の許可が必要となるので注意しなければいけない。たとえば、現地で胃腸薬として売られている薬草を市場で購入し、それを日本に持って帰り、遺伝資源として配布する。これは立派な違反となってしまう。必ず、提供国の政府の許可(PIC)と使用目的における提供者との相互合意(MAT)が必要である。

また、提供する場合に、今後整備される日本の国内法に基づくシステムに従わなければいけない。どのようなシステムになるかは現時点では未定だが、予想として、国内に担当部署ができ、そこでの登録・許可が必要となるだろう、円滑な提供が可能な方法の制定を望みたい。さらにバイオリソース配布について、相互合意事項の決定の為に、非金銭的な利益を中心とした、バイオリソース配布機関としての適切な利益は何かを、明確にする必要がある。例えば、公表物などでのバイオリソース使用の確実な記載がそれにあたるであろうか?それとも、それ以上の合意事項が必要となるかは、さらなる議論を待ちたい。

現在、各国が国内法の整備を行っている。関係のある国の国内法の状況は注意したい。また、今回提案された、多国間利益配分システムは過去の遺伝資源が対象となる可能性もあるため今後の動向を注意しなければいけない。

今後、本課題の対応について大学向けの手引きやMATのひな形などが必要となろう。また、議定書の発効はまだだが、生物多様性条約及びボンガイドラインはすでに存在し、遵守する必要があることは忘れてはいけない。   

次回は、各国の状況や条約の周辺状況について述べる。

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● COP10支援実行委員会公式ウェブサイト: http://kankyojoho.pref.aichi.jp/cop10/index.html