代表者

浅川 和秀
国立遺伝学研究所 神経システム病態研究室 准教授

 

研究内容の概略

ゼブラフィッシュを用いた脊椎動物高次生命現象の遺伝学的研究

1990年代なかば、Driever博士とNüsslein-Volhard博士の研究室からゼブラフィッシュ変異の大規模スクリーニングの成功が報告されました。それ以降ゼブラフィッシュは、遺伝学的解析が可能なモデル脊椎動物として世界中の研究室で用いられ、様々な変異が分離されています。しかしながら、これらの場合変異生成にはもっぱら化学変異原ENUが用いられるため、生成された変異のほとんどは点変異です。そのため、変異の原因遺伝子の同定にはポジショナルクローニングを行わなければならず、たいへんな労力が必要とされてきました。一方、ショウジョウバエやマウスといった他のモデル動物においては、エンハンサートラップ法や遺伝子トラップ法といったフォワード遺伝学のための有力な方法論が開発され、動物の形態形成、器官形成に重要な働きをしている遺伝子群の発見とそれらの機能解析が強力に推し進められてきました。ゼブラフィッシュにおいては、そのような方法論が長い間未開発でした。なぜなら、ショウジョウバエにおけるトランスポゾンP因子やマウスにおけるES細胞のような便利な“道具”が、ゼブラフィッシュにはなかったからです。このような状況下で、遺伝子トラップ法、エンハンサートラップ法などの遺伝学的方法論は、ゼブラフィッシュ研究者に長い間待ち望まれていました。

遺伝子トラップ法の開発のために、まずクリアしなければならないのは、「どのようにしてリポーター遺伝子をランダムに効率よくゼブラフィッシュゲノムに挿入させるか?」という問題です。ゼブラフィッシュにおいては、ショウジョウバエで使われているP因子のように効率の良いトランスポゾン転移システムが存在しませんでした。 私たちは、メダカゲノムから発見されたTol2因子に着目しました。Tol2因子はメダカゲノムに存在する反復配列でトウモロコシAc因子に相同性があり、hATファミリーに属するトランスポゾンです。私たちは、Tol2因子が4つのエクソンからなる遺伝子をもっていることを見いだしました。次に、この遺伝子が活性のある、すなわち転移反応を触媒することができる、転移酵素をコードしていることを明らかにしました。さらに、私たちはその転移酵素活性を利用して、外来遺伝子を組み込んだTol2トランスポゾンベクターをゼブラフィッシュゲノムに非常に効率よく組み込ませることに成功しました。これら一連の研究により、かつてない高い効率のトランスジェニックゼブラフィッシュ作製方法が確立されました。

私たちは、この効率の良いトランスポゾン転移システムを用いて、当初から目指していたゼブラフィッシュにおける遺伝子トラップ法の開発に取り組みました。私たちは、Tol2トランスポゾンベクターに、スプライスアクセプター部位とコード領域だけのGFP遺伝子、ポリAシグナルを組み込みました。この遺伝子トラップベクター上のGFPは転写の活性化に必要なプロモーターをもたないため、このままでは発現しません。 私たちは、これまでにトランスポゾン転移システムを用いてゼブラフィッシュゲノムに合計500以上の遺伝子トラップベクターのランダムな挿入を作製してきました。それら挿入をもつゼブラフィッシュをかけあわせて、子孫の胚を観察します。染色体上の様々な場所に挿入した遺伝子トラップベクターがゲノム上の遺伝子の転写をトラップすると、リポーター遺伝子であるGFPがトラップされた遺伝子の発現様式にあわせて発現します(図1)。ゼブラフィッシュのモデル動物としての最大の特長である胚の透明性がここで生かされます。すなわち、生きている胚における発生段階特異的、細胞特異的、器官特異的なGFP発現を低倍率の蛍光実体顕微鏡で観察することができます。約500の遺伝子トラップベクター挿入のうち、約50の挿入においてGFPが特異的に発現しました(図2)。このように、Tol2トランスポゾン転移システムを用いてゼブラフィッシュにおける効率の良い遺伝子トラップが世界で初めて成功しました。

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図1:トランスポゾンを用いた遺伝子トラップ法の概略
図1:トランスポゾンを用いた遺伝子トラップ法の概略

図2:約50のゼブラフィッシュ遺伝子トラップ系統の樹立
図2:約50のゼブラフィッシュ遺伝子トラップ系統の樹立

マウスにおける遺伝子トラップ法では、プロモーターをもたないリポーター遺伝子を組み込んだレトロウィルスをES細胞に感染させます。発現している遺伝子内へプロウィルスが挿入されると、ネオマイシン耐性などのリポーター遺伝子が発現し、ES細胞が薬剤耐性のコロニーを形成します。それらES細胞をプリスクリーニングしたのちに、興味深い挿入について個体にし、表現型を調べていきます。

マウスと比較した場合のゼブラフィッシュのメリットは、興味深い挿入を生きている個体におけるリポーター遺伝子の発現でプリスクリーニングできることです。今後、この長所を最大限に生かすとともに、遺伝子トラップベクターに改良を加え、遺伝子トラップスクリーニングをスケールアップしていきます。ナショナルバイオリソースプロジェクトでは、そのような有用なゼブラフィッシュ系統を維持し、研究者に配布する体制を整えていきます。

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バイオリソース事業で行う収集、供給活動の内容

収集:ゼブラフィッシュエンハンサートラップ系統、遺伝子トラップ系統

供給:ゼブラフィッシュエンハンサートラップ系統、遺伝子トラップ系統

飼育施設写真

飼育施設写真

飼育施設写真

 

 

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