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アサガオ ( Ipomoea nil または Pharbitis nil ) は、日本に自生していた植物ではなく、中国から8世紀ごろに薬草(峻下剤)として渡来したと考えられています。その後、花を観賞するために栽培されるようになり、トランスポゾンによってバリエーションが増えたこともあって我が国独自の園芸植物として発達しました(図1)。メンデルの法則の再発見以降、遺伝学の研究材料としても用いられ、戦前までに膨大な交配実験による遺伝学的解析が行われました。これらの成果は200報以上の論文や 15 連鎖群のうち 10 群からなる連鎖地図として発表されています。これらの研究はほとんどが日本人の遺伝学者によって行われたものですが、当時としてはトウモロコシに次いで詳細に遺伝解析がなされていた植物でした。また、アサガオは典型的な短日植物であり、その日長に対する鋭敏な反応により、花芽形成の仕組み(花成)を研究するため研究材料として、植物生理学の分野においても用いられてきました。
アサガオは、次項に示したような植物科学の基礎研究に使う上で優れた特徴を持っているだけでなく、園芸分野における植物や遺伝子の利用、同属の作物であるサツマイモのモデルとしての利用など、応用分野に関しても、アサガオのリソース整備は、今後一層重要度を増していくと考えています。そのため、当リソースセンターでは、これらのことを踏まえて突然変異系統や EST クローン等の収集・保存・提供を行っています。
現在、中核機関である九州大学で保存している系統は 1000 系統以上に及びますが、その約半数を占める 550 系統は元々、国立遺伝学研究所の竹中要博士が、 1956 年に日本で開催された国際遺伝学会議において、日本独自の遺伝学における研究リソースとして展示するために収集した系統に由来しています。ちなみに、この国際遺伝学会議で展示されたリソースとして、アサガオの他に、ダイコン(桜島大根、守口大根)、コムギ、イネ、カイコ、ニワトリ(尾長鶏)、キンギョの様々な品種が展示されました。その後も遺伝研で系統保存されていたアサガオも、業務に関わっていた田村仁一技官の 1993 年の退官後、系統が更新されることなく種子が冷蔵保存されていましたが、 1997 年に九州大学に移管され、再び系統の更新・保存と調査が開始されました。 2002 年より始まったナショナルバイオリソースプロジェクトに採択されたことで、この遺伝研から移管された系統に加えて、再び民間のアサガオ愛好家からの収集や、国内外の自然集団由来の近縁種等の収集が本格化しました。また、アサガオの花色素であるアントシアニンの生合成系に関わる一連の酵素、転写因子やトランスポゾンについて解析しており、既に EST クローンの作製に取りかかっていた基礎生物学研究所のグループと、形質転換アサガオの作製に実績があり、花芽形成機構の分子生物学的機構の解明に向けて研究を行っていた筑波大のグループにサブ機関として参加していただきました。このようにして、国内外を通じてアサガオ類に関する最大のストックセンターができあがりました(図3)。今のところ、国外ではアサガオおよびその近縁種を材料にしている研究者はまだ少なく、進化学や生態学的興味に基づいて研究しているグループがほとんどです。
私(仁田坂)は元々ショウジョウバエを材料に分子遺伝学の研究をしていましたが、幼少期のころからの趣味として変化アサガオ(形態形成突然変異体)の栽培を手がけており、いずれ、アサガオを材料とした研究を行うつもりでしたが、遺伝研のアサガオの保存状況を知り、系統保存業務に名乗りを挙げました。現在保存されているアサガオの突然変異系統の多くは、江戸時代後期にトランスポゾン(後述)の転移によって起こった自然突然変異に由来しており、ホモ接合の状態で種子のできない不稔の系統も多く、系統保存を行うためには、突然変異形質を子葉の段階から鑑別する必要があります。その技法に昔から慣れ親しんでいたために、移管した後の系統維持や、系統台帳の記録を理解することには全く問題がありませんでした。また昔栽培していて、無くしてしまった系統が再び手元に戻ってきたものもあり、とても感慨深いものがありました。 |
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図 1:アサガオ突然変異系統の系譜。鑑賞価値の高い系統を追い求める過程で様々な変異が出現し、現在まで保存されてきています。例えば、獅子遺伝子の単独の変異体は比較的単純な形態をしていますが、その変異を強める修飾変異を持つものが選抜され、現在残っている系統のように奇態を示すものになりました。
図 2:
九州大学で保存しているアサガオ系統の例。 A 子葉、通常葉、花を通じて変異形質を示す ( 多面発現 ) 系統。 B 花の形態に関する変異体。 C シュートの性質等に関する変異体。 D 葉型、葉色に関する変異体。 E 自然集団由来系統およびアサガオにごく近縁の植物種。 F Ipomoea 属の植物。 G 大輪アサガオ。花を大きくする変異の多重変異体ですが、一体どのような遺伝子が直径 20cm にも及ぶ花を作るのに関わっているのでしょう。 H 形態形成に関する変異の多重変異体(変化アサガオ、獅子系統)。 I (采咲系統) 。 J 車咲牡丹系統
図 3: 九州大学における屋外での栽培風景。夏期は系統の記録や種子の更新のため、このように植物体を大きく育てて大量に採種しています。また、明確な突然変異形質を持たない野生型系統等は交雑を避けるため温室内で隔離して栽培することもあります。 |